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家族がうつ病になった時、理解できるかできないかの違いで見えた事

*エッセイ
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こんにちは。つぶあんです。

今回の内容は家族がうつ病を発症してから見えてきた様々な事について忘れずに覚えておくべきと思い綴っています。

また、個人の見解、個人的な思いなので気を悪くされないようにしていただきたいのを前提に、同じような境遇の方へ少しでも参考になれば幸いです。

 

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嫁ぎ先でうつ病になり帰省

まだまだ子育て真っ最中の忙しい毎日、50代に差し掛かりやる気が起きないとぼやいていた妹、自分がやらなくてはいけないことが多すぎてそれを一人で抱え込みアップアップしているようでした。

それでも、家庭内の事なら家族に手伝ってもらったら?とこちらとしては思うのですが、もともと自分でやってしまっていたことを急に家族に振っても「やってくれない!誰も動かない!」とイライラがつのっている様子。

この時はまだ「うつ」に進んでいるとは思いませんでした。

そんな様子を知ってから時々LINEをしてみても、いつもなら「お姉ちゃんありがとう!心配かけてごめんね。上手く手抜きして無理しないようにする。」なんて返事が来ていましたが「何もできない。寝てるだけ」の返事におかしいと感じて「実家に戻って療養も選択肢に入れてごらん」と送りました。

しばらくすると、ご主人が妹を連れてきました。

   

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見たことないほどの無表情

再会した時、以前の面影は無くビックリするほど顔色や姿勢が悪く、見たことの無いほどの無表情でまるで別人。

声をかけると小さな声で「うん」と返事はするけれど質問に答えることができない。
「はい」か「いいえ」でこたえられる問いかけでも返答に時間がかかり動作もなにもかもがスロー過ぎる。

「どうした・・・辛かったね。」慌てて大学病院へ連れて行くと初診で即強制入院になるほどの重度のうつ病でした。

精神科の医師の決定で入院なんて初めてですが、あの時入院して良かった。なぜかと言うと入院する前の2日間だけでも母がイライラでブチっと切れそうだったからです。

母自身もうつ病経験者ですが、うつ病に対してそれほど理解が無かったのです。

  

ほとんど眠れない

入院前家に来てからの2日間、睡眠障害がひどく夜中中起きていた妹に付き合っていた母は、1日目は様子がおかしかった妹の世話をせっせと焼いてましたが、2日連続して付き合えないと早々にギブアップ。

私が仕事で出かけると一日中世話を焼いていた母。帰宅すると「あの子、上げ膳据え膳で礼も言わない!」とご立腹。

「言いたくても言葉にできない。行動したくても行動できない。分かって欲しくても理解してもらえない。全てにおいて表せられないほど辛いんだよ。出来て当たり前の事が出来ないからうつ病と判断されるんじゃないの?」と、話したりしてるうちに母もはっとしたのか落ち着きを取り戻していきました。

3日目紹介状を持って早朝から大学病院へ。母があれこれ指示を出すのですが、「そんなに言うなら一緒に付き添いして。」には断固拒否状態。

「疲れたのは2日寝てないからだね」と母をねぎらいその日の入院まで一日がかなり長く妹も入院先でダウンしていたようです。

  

病状説明から即入院へ

医師が紹介状を読み上げました。

今回以前にも心療内科に通院歴があったようで、その時の初診の内容から再度受けていた心療内科でのカルテなどをじっくり照らし合わせて出された医師の決定が、「受け答えや見た目で分かるほどのかなり重度のうつ状態なので、通常なら通院するか入院するかの意志を伺うのですが、そんな場合じゃないので即入院治療を始めましょう」でした。

子育ての忙しい時期と更年期と重なって辛い症状も一気にスピードを上げて出たのでは?と思いますが、医師の「家庭内でのご主人からの家事一般の手助けなどは無かったのですか?」の質問に時間がかかりながらも「もともとそういう事をやる人ではないので、やって欲しいとも思わないしやってもらえなくても腹も立ちません」との返答。

それを聞いていた私は「そうなんだ。お互いが相手を尊重してるのかな?」と思うようにする。

妹は「入院は嫌」と小さな声で私に訴えるほどかなりショックだった様子でしたが「こればかりはひとまず先生の判断で動こう」と説得して帰宅。

入院が決まって会えずだった母を連れて入院準備のため着替えなどを持って顔を見に行きましたが、すっかり意気消沈していて「気が乗らない」と面会拒否でした。

 

睡眠改善で劇的に表情が戻る

重度の患者の閉鎖病棟の入院で許可なく物の持ち込みや面会ができず、週に2回ほど着替えを持って入れ替えに病棟出入り口だけでの看護師さんとのやり取りだけ。

その時にメモを渡す程度から始まり、初めて面会できたのが更に3日目。帰省したばかりの時お風呂に1週間以上入って無かった妹は入院時頭皮の臭いを感じていました(そのくらい気力も体力無く何も自分でできなかった)が、3日目にしてようやくシャワーできるようになり、初めての面会。

薬で眠れるようになってから驚くほど表情が戻っていて入院させて良かった!と様子を見てしみじみ涙ぐんだものです。

思考はまだまだ追い付かずスマホ持ち込み禁止なため、面会時に持っていくスマホの返事をしてくれと頼まれ困惑しながらもお手伝い。プライバシーだしね。

入院から1ヶ月くらいで退院できるのでは?と言うほどの回復を見せていましたが、時折気持ちが落ち込む様でなかなか1っ歩前進しては3歩下がって子供戻りするような様子。

入院生活が長くなるほど筋力が落ち体力不足に陥り、50代になると落ちるの早いねーなんて笑いながら病院内を散歩するようになっていましたが、動作がスローなのと甘い物を食べて一人になるとほとんど動かないのでぽちゃぽちゃっとしてきました。

  

うつ病は過去の食べていた物も関係している

揚げ物・甘い物が多かった食事。忙しく時間が無かった時の買ってきた物の利用は良いとして、その内容は何だったのか?摂り過ぎていないか?振り返って考えてみる必要があると判明。

具体的な事は分かりませんが、うつになる症状は食べるもので改善も見込まれるとの書籍もあり、その著者の食事療法でうつ症状が改善した例もいくつかある事から、疲れたら欲しくなる甘い物や飲み物などの砂糖の入った食べ物の摂り過ぎや、バランスの偏った食事も後々うつに関わっているかもしれないと言う事を知りました。

テレビで問題になっているサプリメントなども足りない栄養素を補うための医師の処方した+α的な物ならともかく、自己判断で良いと思った物の摂り過ぎも気をつけなくてはいけない。

ある程度の改善が自分の家庭で作る食事でできるなら取り入れないなんて勿体ないですよね。退院したら、入院中に出てきた病院食を思い出して料理の参考にしたらどうかと話したものです。

面会時アイスやパンを楽しみに食べていたから甘い物だけを食事代わりにしないといいけどな。

 

電気治療

どうしても前みたいに動けるようになりたい。もう一度社会復帰したい。一日も早くもやっとした頭の中をスッキリさせたい。改善できる治療なら受けたい!と臨んだのが電気治療でした。

これができる精神科は全国にも多くは無く、入院先に設備があり医師の許可と家族からの同意が有ったので思い切って踏み切ることに。
全身麻酔で12回ほど脳から全身に電気の刺激を通す治療で全てを終えるのにひと月かかる事(ただし途中で効果が出たら中断できる)入院していないとできない治療なのでご主人がOK出せばGOということになりOKが出たので始まりました。

脳に電気を流す事で全身の筋肉に刺激が行きます。副作用は頭痛・筋肉痛・吐き気・物忘れなどなどあるそうですが、一番の症状が物忘れと筋肉痛でした。
一時元気になってきたと感じた時から一転して身体が痛くて動きが鈍くなっていきました。

思ってたのと違う・・・妹にとってそれが電気治療だったようです。

  

家族に限界が見え始めた

ところが、思わず長くなった入院と年度末で重なる忙しさに、ご主人は仕事と家事と学校の連絡や行事に大変になりました。もともと積極的に子育てに関わってこなかったご主人には大変だったと思います。妹は働いてきてくれて町内行事もやっているご主人に負担が無いように、家事育児全般を一人でこなしていた結果が招いたと言っていました。

こんな思いから、時間がかかるうつ治療に彼女自身に焦りが出てきました。本人も嫁ぎ先も退院と同時にうつ病がある程度生活できるレベルまで改善し、また以前のように生活が戻せると思っていたように感じます。

お姑さんが妹が何もできなかった頃の家の状態が「汚くてぐちゃぐちゃだった。何もできてない。ひどすぎる!」と母に愚痴って来たそうです。
本当にうつ病を理解していたなら、そこまでひどくなっていた家の状態を見て言葉は出ないでしょう。
うつ病で助けを求めたけれどあんな状態になるまで気付いてもらえていなかったのではなかったか?と言うのが現状だと感じます。

入院させた報告をしたとき「早く気付いてあげられなくて申し訳なかった」と言ってらした方でしたので、きっと一時的に妹の愚痴を口にしたとは言え我が母は真に受けず全く腹を立てていませんでした。

きっといない間の孫の面倒で大変で余裕がなくなっていると感じ有難いと感謝したそうです。母自身も今回勉強になった気持ちが大きくて一回りも二回りも気持ちの持ち方に変化がありました。

昔は自分の思い通りにいかないと腹を立て、本人に確かめないで周りの第三者の言葉を真に受けて腹を立て、黙っておけばいいことをわざわざ口にする人と言うイメージの母でしたから(笑)

  

退院と新学期スタート

ようやく退院の許可が出て新学期に間に合うように嫁ぎ先へ帰って行きました。末っ子の長男の入学式が終わり入院中8キロくらい太ってたけど無事に着られる服は有ったのかな?なんてちょっとだけ私も笑るようになりました。

入院中、院内でしか過ごせずに日も浴びることも少なかった生活でマンネリ化した毎日を送っていたので楽しみは面会時のスイーツだけみたいでしたし、仲良くなった友達もどんどん先に退院して行ってしまったしで、ようやく本人も家族へ目を向ける時期になったと振り返ります。

長かった入院生活も終わって退院したその日に遠方へ帰っていきました。それでもまだまだうつは薬と電気治療で保っている状態で本人しか体調や思考能力は分からずで家事ができるのか周りについて行けるのか不安でいっぱいだろうなと思います。

うつになる前は愚痴を吐きたいときは電話もかけてきてましたが、退院してからは忙しいのかちょっとLINEのやり取りくらい。

それでもこれから新学期だからゆっくりしている暇もないだろうけれど、その時間があえてプラスに働いてくれることを願ってます。

お互いマイナス面よりプラス面に目を向けよう

退院が決まった時にかけた言葉です。

お互いを尊重するのは良いけれど、尊重しすぎて思う事が言えないのもどうかなって思うよと離婚した私が言うのもなんですが、寄り添って歩み寄って夫婦間のコミュニケーションをとってね。二人の間の3人の子供たちを末永く一緒に見守って行って欲しいと今回の入院生活を見て来て強く感じ記事にしました。

これから先、家族で一致団結して乗り越えて行って欲しいと切に願う姉心。

うつ病は治ると信じています。
我が家の次男もうつ病で入院したから多少経験があって良かった。
焦らず、無理せず、頑張らず、ゆっくりじっくり治して行こう。
それでも周りの環境は待ってくれないと感じると思う。だから家族や周りの理解が欲しい。
誰か一人でもいいから理解者がいると当人が感じているだけでも安心感が全然違うと思う。

そういうことを感じさせない世の中になればいいね。
安心を感じることができる世界になると嬉しいね。
ひとりひとりは小さいけれど、そのひとつひとつの思いを綴ろう。

つぶあん

コメント

  1. ココ より:

    即入院と判断してくれたドクターが良かったと思いました。
    お母さんが、我が母と似ています。

    妹さんの旦那さんが少し変わってくれたらいいなぁと思ってしまいました。

  2. つぶあん より:

    ココさんこんにちは。コメントありがとうございます。
    妹を知る人であれば一目でわかるほどの重度のうつ症状だったので、なぜわざわざ遠く県外の実家へ連れてきたのかは謎でした。
    それでも4カ月かかって退院する頃には改善が見られたので、こらから長い時間をかけて夫婦で歩み寄って助け合って乗り越えて行ってくれればいいなと見守っています。

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