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【不登校経験記その1】「お母さん、僕、学校行けそうにない」

⁑不登校経験
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blog番外編です。

今回は、我が家の次男の不登校時のあれこれを書いていこうと思います。

我が家の経験が誰かの役に立てたらと思い書くことを決意しました。

不登校の形は人それぞれあると思います。

あくまで我が家の中だけでのこと、母目線で書いているので気を悪くされる方がいたら申し訳ありません。

日々の葛藤の心中は思い出すと辛いこともありなかなか具体的に書けないこともあります。

なので、あっさり目に受け止められるかもしれません。ざっくりと書いていますのでよろしくお願いいたします。

今言えることは、乗り越えてきたという事です。

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それは、突然でした。


次男が高校1年生。2学期が始まり一週間が過ぎた頃のことでした。

「僕、今日は学校に行けそうにない・・・。」

どうした?と聞くと

「よく分からない、身体が辛くて行けなさそう。」

そういう次男に

「大丈夫?熱はあるのかな。」

と聞くと、無いと言う。

中学の時にもそんなことがあったので、もしかしたら・・・と思って、

「学校、・・辛いの?」

と聞いてみると、しばらくして

「いや、特に嫌な事はない・・、ただ胸が痛くなる。」

と、そのままその場に倒れこんでしまいました。

「わかった、わかったよ。休んでて。すぐ先生に電話しておくから。」

と言いながらも、私自身が出勤前で慌てていたので気が動転してしまって、とにかく電話!電話しなくちゃ!と、先生に電話すると

「そうですか。実は最近元気がないような気がしていて、心配していたんです。今日はゆっくり休ませてあげて下さい。」と言う返事でした。

「お母さん、仕事でしょ。僕今日休めば大丈夫だから行って来て。」
次男にそう言われ、母親なのに自分のことでいっぱいなんて・・・と、情けない気持ちのまま仕事へ行きました。

何日も

そういえば食欲も減っていた。仕事中もそんなことを思いながら。

帰宅して次男の最近の様子を母に聞いてみた。特に感じるものはなかったと。

それでも、家に母がいてくれるのが心強かったので、

「仕事中は様子が分からないから、何でもいいから気が付いたら教えて。」

と念を押しその日は終わりました。

毎朝、何とか制服を着る。

お弁当を持たせて支度はするものの、うずくまる、倒れこむ・・。

そのまま、次の日も、また次の日も行けない。

一週間連続そんな調子でした。

胸が痛いというのもあり、近くの病院へ連れて行き念のため血液検査もしてもらいました。

その日に限って次男はいつもと変わらない様子で特に異常はないとの診断。

テレビでは9月の2学期が始まると、学校へ行けなくなる子が増えているのニュース。

「これこれ!ほら!」と私の母。

親に言えないことで悩む子供達。

もともと、次男は嫌ことがあると黙っていられない性格のようで、学校から帰ると愚痴も吐き出す子でした。でも、今回はそれが見受けられない。

本当にいじめとか何か辛いことがあったんじゃないの?

その時は学校に原因があって行きたくないだけと勝手に思っていました。

彼は家で寝ているわけでもなくゲームをやっている。

次男には申し訳ないけれど、そんなに学校行きたくないの?演技???とさえ思ったほどです。

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学校

担任から電話で、

「学校に来にくくなるといけないので、もし来られそうなら、お母さん送ってこられませんか?」と。

確かにこのまま不登校になってしまうのはダメだよね。何とかしないと。

動かなくちゃ!と思いながら、無理強いして大丈夫なはずない。

先生が案を出してくれたと話すと

「送ってもらえるなら行ける気がする。」

と言う。

行けそうな日は送って行くことに。

次男の通学時間は、バスと地下鉄合わせて50分ほど車なら30分弱。

ありがたいことに、高校と職場が車で20分くらいしか離れていない。

これなら無理なく送ることができると安堵し、このくらいならできる。大丈夫!

とにかく次男が学校へ行きやすいように。学校生活を楽しんでもらえるように。

再度内科の診察へも行きました。血液検査もしていたのですが異常なしで、食欲が出る薬を処方して頂きました。

送って行った日はなんとか最後まで授業を受けることはできていました。

クラスに仲がいい子もいてその子がいれば大丈夫と本人も言っていたくらいです。

帰りは仲のいい友達と帰ってこられていました。

その頃、学校でスクールカウンセラーの先生と次男がも話す機会があったので、少し安心したのかもしれません。

「今日は胸も痛くならなかったよ。大丈夫だった。行けるようになって来たかもしれない。」

次男から嬉しい言葉が出てきたこともありました。

それは、つかの間のことでした。

担任から休みの日に電話がありました。

「調子が悪そうなので迎えに来てください」と。

その日を最後に学校は行けなくなってしまいました。

ここまで2学期に入ってから3週間くらいの間のことでした。

ゲームはできる


学校へはいけないけれど、家でゲームはしていると私の母から聞きました。

母はそれが許せなかったようで、

「私立の高校にやっと入れたのに。お母さんが一生懸命働いて授業料を払っているのに、あんたは何やってんの!」

と、頻繁に次男に叱るようになっていました。

母の気持ちも分かるけど、ちょっと黙ってて欲しいと思いながら、

「ねえ、お母さん。様子見よ。精神的なことかもしれないから。もどかしさはわかるけれど、ひとまず分かってるのは、身体は異常なかったって。病院も行ったから。お母さんが考えてる普通じゃないだけなんだよ。きっと。」

としか言えず。

正直私もどうしたらいいのか見えなくて、母にはうまく説明できませんでした。

ゲームを一日中してるかと思えば、一日中起きられない日も。

そして喜怒哀楽の喜と楽が少なくなり、嫌な事があると自分で自分を殴るような事が増えました。

次男の様子がおかしい。

「不登校・学校に行けなくなったら・高校生・原因」などなど、何でもいいから答えが欲しくてネットでいろいろ検索していました。

中学2年生の時、特定の子からいじめに遭ったときは先生と連絡を取りながらなんとか頑張って登校してきた次男。

その頃はいじめられていた以外は孤立はしていなかったし仲のいい友達もいました。

3年生になり、いい時も悪い時もあるから気にしないようにする!と自ら言ってくれたりして無事に卒業もできました。

そして勉強嫌いな次男が勉強して頑張って入った高校生活。

友達もでき楽しく通っていた矢先のことでした。

それなのに・・・、急に学校へ行けなくなった。

どうしよう・・・・・。

2学期になって、一週間登校して、一週間休んで、その後の一週間を送って途中で行けなくなって・・・。

その間に担任の先生から、

「お母さん、心配なのは分かります。お母さんが心を壊されないようにしてください。今度スクールカウンセラーさんが来ますので、お話されてみませんか?」

とお話がありました。

2日おきくらいに先生と電話で連絡を取っていました。

その時に、

「内科で何ともないと言われたなら、心療内科にも相談してみられては?」

とのことで、すぐに予約を取りました。

つづく・・・。

かなり長文になってしまったのでいったん切りますね。

読んで下さりありがとうございます。

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