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新しいことを受け入れるのは柔軟。なのに自分から新しいことには飛び込めないズレ

⁑自分ケア
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最近、あれ?っと思ったので、そのことについて気づきを書いていこうと思います。

性格と言うか、考え方と言うか、これは何?
自分の苦手な部分。

どこで出来上がったのか?どんなことが思いつくか?どんな場面でそう感じたのか?
生きてきた今までの経験や環境の中での事をさかのぼって行く。

原因になる事が分かれば克服できるヒントが見つかるかもしれない。

 

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新しいことがやってくる場合

素直に受け入れるタイプなのかも。

普段の生活に向こうから新たな事がやってくる。そういった場合は受け入れるしかない。

我が家は何度か引っ越しもしていて、子供時代には新しいことを自然に受け入れることが多かったように思う。

幼稚園時代からずっと鍵っ子で育ったので、親が知らない私の世界も存在していたし、大人の世界ではいろいろあって子供はそれに自然になじむ生活をするのが当たり前になっていた。

  

例えば習い事

子どもの頃のことは50代なので正直なところあまり覚えていないが、どちらかと言うと両親になにか教えてもらったという記憶が・・・思い出せない。

教えてもらった記憶はないが、気が付いたときにはいつの間にかピアノを習っていたし、書道も、そろばんも習っていた。

小さな頃ってそんなものなのかしら?

そんなわけで、受け入れる柔軟性はあったように思う。

書道は上達が見えて面白かったので長年続けていけたが、そろばんは桁が増えてくると難しくて、暗算が嫌になり何度かは塾に行ったフリをしてサボっているうちに家庭の事情ができやめた。

そして、ピアノをやめる時だけは一度「やりたくない」と母に伝えたら簡単に即やめさせてもらえたのは覚えている。

子供の頃って親に逆らえないとか、謎の思い込みがあったのかも。
勿論そうなる原因はあるのだろうけれど。

  

大人になった今

40代になり、勤め先で新規に何かをすると言う時に、周りの同僚は抵抗感があらわだった人などもいたが、私の場合は決まったことなら仕方がないからと割と受け入れ態勢にチェンジできていた。

そう。決まったことは仕方がない。そう言う事なら受け入れるのは子供のころから割と柔軟。
ところが、周りの同僚たちはそうじゃなかった。

新しく決まったことに抵抗があり、嫌だという姿勢を見せていたのが私にとって違和感があったのだけれど、もしかしたら逆に、同僚から見たら私の方が違和感たっぷりだったかもしれない。

抵抗がある同僚はやめてしまった。

具体的な内容は書かないが、その新しいことが私にとっては受け入れられるが、同僚にとっては辞めるほど嫌な事だったこと。

それほど、大人になると抵抗感が強くなってくることがある。

その時の私は、つらい離婚経験を経て3年ほど経っていた頃で、目の前にあることが離婚するよりはどうってことないという感覚だったのかもしれない。

 

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受け入れるのは平気でも自ら飛び込むのは苦手かも

階段は上がってもドアがなかなか開けられない。

ふと思うと、自分から何かを始めるのには時間がかかることも分かってきた。

受け入れることはすんなりできても、飛び込むことには抵抗がある部分はどうして出来上がったのかな?

仕事をやめる決断が早かった同僚は逆なのだろうか?

 

将来の夢ややりたいと思ったことは、母の反対で結局父には言えずかなえる望みを失った経験もあるけれど。
それほどやりたかったのなら大人になってから努力すればよかったのにとか、しなかった自分が悪いと、親のせいにしてる自分が情けなくもあり。
大人になってから割り切ろうとして昔ほどは執着感も無くなって来たのでは?と感じてはいる。

きっと誰しもあると思う。小さな頃の家庭環境が作った何か。

私が気持ちの上では前を向いて生きるという方向を向いているけれど、それは「つもり」であって心の奥底ではACであることは間違いなくて、その抵抗のブロックを外すと楽になれるんだろうなと思う。

 

いつ出来上がったのか?

もちろん全ての事に当てはまることではない。
人がやらないなら自分がやった方がその場が終わると言う面倒くさいのが嫌な気持ちも無きにしも非ず。
結果として面倒を引き受けやすい性格と言うか(逆に自分のそういう所が嫌なんだけど)経験は無くとも必要ならば自ら進んで手も上げることもあった。

それを理解できる頃には年をとっていて最初からのやり直しはとうていきかない年代になっている自分を自分はどう見るのだろう。

そこよね。その自分への愛によってこの先変わる。
自分をどうしてあげたい?と自分に問う。マイナスばかりじゃない事にも気付きがある。

それに、こういうことを子育てしてる世代に理解できると良いかもしれないと思って、発信する事も悪くないわね!なんて思う。

できれば、幼い我が子が大人の都合に合わせなくてはいけないとき。
親が一緒に我が子の気持ちにも寄り添えると、その都度子供も違和感を感じずに後々いいだろうなと思う。

 

自分と向き合って自分を見つめる

何かに背中を押してもらう。

自分を見つめるという事をするのは、辛い経験や嫌な事を思い出してリアルな現実体験のような思いをするのではない。(トラウマを根深くする方向じゃなく)

ここで言うのは、手放すためどんどんと軽くするという意味での見つめ方というか方法探しのような。
人により方法は違うはずなので、自分に合うしっくり行く方法が良い。

こういったことは、いくつか書籍もあるのでワークをやってみるのもいいと思う。
すんなり入ってくるものもあるし、そうでない物もある。

カウンセリングや精神科に相談してみるのもいい。

  

制度を利用する

心の不調で精神科へ治療を受ける場合、通院が長引くので、自立支援医療と言う助成制度もあり、我が家も次男が通院からしばらくして紹介されて利用している助かっている制度。

次男が4年ほど通っているから思うのだが、心療内科や精神科は入り口が広いと感じる。

自分がへこたれにくいと思っている場合、潜んでいる何かに急に襲われることもあると知って欲しい。
そんな時に薬の助けで意欲が増すことも次男を見ていて思う。
薬の影響かいつも眠いと言っているが、不登校時を振り返れば明らかに良くなっている。

先生との相性もあるだろうから、納得いくまで自分のために使う時間はとても貴重。

人は癒し癒されて生きていくことが必要なんだなと思う。

 

⁑不登校経験
次男は高校1年の2学期に急に不登校になりました。 その経験を高校当時から現在まで、リアルに綴っています。

↑こちらは次男の不登校経験記カテゴリー。参考までに。

 

成功体験を積む  

小さな事から始めてみる。

何でもいい。まずは小さいことからはじめて成功体験してみる。
小さな事の方が成功しやすくて経験の積み重ねがしやすい。
自ら新しいことにチャレンジする環境を作ってみる。
そして成功することを積み重ねていく。

目標は、自分にとって怖いとか苦手な事にもいつの間にかチャレンジできるようになって行けること。

先日Googleの認定にもチャレンジ。「あれ?合格しちゃったぞ」というなんとも不思議な感覚と言うのが正直な感想。

そんな感覚も簡単な物から積み重ねていくのが取り掛かりやすい!

過去の疑問に意識が向かなくなるとこっちのもの。
それからは新しいことに自ら飛び込めるようになる自分が育っていく。

  

まとめ

新しいこと。
今回は二つの新しいことへの感じ方について書きました。

向こうからやってくる受け入れる新しいことと、自ら飛び込む新しいこと。
あなたは私のようにどちらかに抵抗がありますか?

自分の心の中に向き合うと辛くなることを脳は思い出さないようにしてくれていると言います。
それでも、現実でぶつかる機会があった時にどうしたらいいのか。

そこを専門家にゆだねたり、自分で何かしら行動したり。

私の場合はまず本を読みます。
ネットでの発信よりも書籍としてこの世に出されているものは信頼できるものも多いからです。

読んでいるうちに違う方向へ行くこともあるけれど、悩みや問題にどっぷりつかって考えることはちょっとだけにして。

できる事なら克服したいことを目標にしてちょっとづつ成功体験を積み上げていくことをするのがオススメ。

私の悩みが、同じような気持ちの人の肩の荷を少しでも軽くすることができたのならいいな。
悩みの中身は違っても、問題の克服には応用できます。

一緒に克服していこうね。

 

つぶあん

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