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母との確執。最近分かった事実がそれを緩和させてくれたこと

⁑自分ケア
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こんにちは。つぶあんです。
小さな頃からの母との間にある確執。
大人になり自分はACだと認識して自分なりに母を理解しようと努めてきました。

ところが・・・。
母はアスペルガー障害なのでは?と言う新たな事実が。

もしかしたら私以外でも母娘関係で悩んでいる方にも当てはまることが多いのかもと思い、私と母を例にここに書いていこうと思います。

  

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会話のすれ違い

事情を考えずに急に怒る

母は自分軸で物事を考え相手の立場や相手がどう思うのかを考えず発言することが多いです。

例えば、
「お母さん、おはよ。」
という私の声掛けに母から返って来る言葉は、
「朝のうちに一仕事して来たわ」
です。

私の仕事休みの日の朝10時頃のやりとりです。
会話?というより言葉はキャッチボールではありませんよね。

まずこちらが挨拶をするのですが「おはよう」と言う言葉にはいつも「おはよう」は返ってきません。
基本の挨拶をしない、又はできない?のです。

これはご近所の人が、
「○○さんおはようございます。」
と、母に声をかけてきたとしても、母は「おはようございます」とは返さず、いきなり母の言いたい事から入ります。
「きゅうり上げるわ。持って行って。」
みたいに挨拶をすっ飛ばして母が言いたいことで返すのです。

これは、「行ってきます」や「ただいま」に続く、「行ってらっしゃい」や「おかえりなさい」も同様です。

たまに会うだけの人なら違和感を感じ無いかもしれません。

あれ?なんだかおかしくない?と気付いたのは大人になってからでした。

私だけではなく、子供達も不思議に思って、
「挨拶にはまず挨拶で返すのが礼儀じゃない?」
と母に言ったこともありますが、「ただいま」に「ただいま」と言ったり、「おかえり」と言いながら帰って来たり、そのうちにまた元に戻ります。

 

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こだわりが強い

Photo by Gijs Coolen on Unsplash

以前にも書きましたが、母は自分で「私は、薄情だから」と言うのですが、お墓の管理についてのこだわりは相当です。

これは残念なことに普段の母の態度からは素直に面倒を見ているとは考えられず、何かあると思ってきました。

母は墓の面倒を見ているアピールがとても強く、唯一逆らえない小姑達(父には姉妹が多い)に文句を言わせたくない母の心の表れではないか?と娘の私でさえ感じるほどで承認欲求の塊です。

父の姉は3人いましたが去年1人亡くなり、今は姉2人、妹3人、弟1人が健在で、その中でも2番目の姉が言葉もきつくて母に対して風当たりも強いのです。

その姉に対して文句を言わせたくない母の対抗心もかなり含まれているように感じてなりません。

でも近くに住んでいるわけでもなく、電話で話すわけでもなく、普段全く会わないのだからもっと気楽に考えられるといいのにと思いつつ、母は何かにつけて文句を言うほど、その義姉が大嫌いです。

そして、こだわりもう一つ。
私に対して否定することが多かったこと。

人生の選択をする時々の事。
美容師になりたい。
服飾に進みたい。
デザインを学びたい。
免許を取りたい。

以上の事は全て駄目と母にはことごとく否定されてきました。
理由は分かりません。

何故私は否定ばかりされるのか?なぜ妹は良いのか?
私は理解できませんでした。
嫉妬心と言うよりも嫌われている?

そんな時、母と言い合いになり、確かめたこともあります。

「小さな頃から感じてきたけど、お母さんは私が嫌いなの?」
という勇気を出して言ってみると
「あんたはすぐそういう風に受け止めるからいかん」
と言う返答。

「そう受け止められるような対応をされてきたからこの機会に確認してる。私の質問に答えて欲しい。嫌いじゃないならそう言って欲しい。」
と言っても、
「今まで何度も助け舟出してきた。」
と、なんだかとんちんかんな返答をする。

「本当に助けて欲しい時は否定ばかりだったけどね・・・。」
と心の声がもれます(笑)

こんな風に言いたいことは我慢しないと決めてからは言い合いもしますが、質問した事に対しての答えは返って来ません。
はぐらかしてるとか照れ隠しとかそんな雰囲気ではありません。

これが小さな子供だったらどうでしょう。
きちんと言葉で訴えているときさえお母さんとは通じ合うことはできないと思ってしまうかも。

いくつになっても子供は親の愛情を欲しているのです。
成長し大人になってからなら、親のほんの一言でも過去を上書きできるような器も持ち合わせているかもしれないのにね。

おかげで自分が大人になり親になった現在、我が子たちに言葉でちゃんと伝えようと自分の人生で学ぶのです。

  

心情を察することができない

解釈が全く違う

母は相手の心情を察することができません。

こんなことを言ったら相手がどう思うのか?とは考えずに言葉を発しますが、自分に向かってくる言葉には感情的になります。

実際には父にはちゃんと言葉が通じて助けてもらったと感じていますが、母には察してもらえないのに向こうは察しろと態度で訴えます。

そして人の話を聞いている振りをして理解のある振りをしています。

厄介なのはそこです。

分かってくれているんだと思っていると後でショックを受けることは多いです。

もちろん感謝はしています。
母との生活は父が作ってくれた基盤があってこその現状です。
母にもそれを感じて欲しいと思います。

  

普通に生活して大したことないじゃないという方もいらっしゃると思いますが、こんな風に相手と理解を深め合うことができないのがストレスで、結局は母の思うようにならないと八つ当たりを受けるのは私や子供達です。

小さな事も度重なるとどんどん蓄積されてコップからあふれるように、重いストレスになる前に、たまにコップの水をこぼしてあげなくてはなりません。

  

母はアスペルガーなのかも

脳の仕組みがそうさせてるのかも

もしかしたらアスペルガー?そう思った時、私はカサンドラ症候群になりかけているだけなのかもしれないと思いました。

そうかぁ。だからなんだと長年の確執だと思い悩み、ACだという決定を自分に当てはめて理解しようとしていた現実が少し軽くなりました。

母の場合

1.挨拶に返答しないで自分の言いたい事だけを発言する。
2.質問に対してのまともな答えをせずに違う解釈で返答をしたつもりになる。
3.強いこだわりがある。
4.人の心情を察することができない。
5.言葉だけで説明をしたときに理解できていない。
6.一部分に記憶力が長けている。
7.いつも過去にこだわる。

などなど。
他にも細かいことがいろいろありますが、母に当てはまる部分とアスペルガー障害に当てはまることがある事との一致部分が多かったのに気が付きました。

※上記の項目が全てのアスペルガー障害として当てはまると言うのではありません。

もちろん私も

いつかこんなふうに手と手を取り合えるかな

アスペルガーなどの自閉症スペクトラム障害は、環境や育てられ方から来るものではなく、遺伝性による部分もあるので、勿論私にも母と同じような部分があるはずです。

人の話に割って入ってしまうとか、人の話を最後まで聞けないとかそんな部分。
気をつけたい部分です。

これらは意識をすることで改善できるようですし、自分の中にこう言う部分があると分かったことでなぜ生きにくいと感じてきたのかが分かってちょっとヒントを得たような気がしています。

今後、そのことを理解できればもう少し母との間の私の受け止め方も変わるでしょうし、私が変われば母も変わるかもしれません。

今までとは違うもっと優しい気持ちで母と過ごせるようになれる気もしています。

もちろん我が子たちとも。

そう思えば、何も知らない無知状態は怖いです。
自分に関係ないことは人は知ろうとはしませんよね。

私に何かしらのきっかけと考えるべき生活があったわけで。
こうしてまた一つ前に進める学びが嬉しく思い記事にしました。

最後まで読んでくれてありがとう。

つぶあん

コメント

  1. ココ より:

    共感しかなかったです。
    時代背景が近いということもあるのか、
    母の思い通りにならない娘は
    こんな経過をたどり生きづらさを抱えるんだなと、感じました。

    自分も同じような老人になるのではと恐怖を感じることも(≧∀≦)

  2. つぶあんつぶあん より:

    ココさん、こんばんは。共感して頂きありがとうございます。
    母たちの世代あるあるなのかもしれませんね。
    この年になって幼少時代からもっと否定も無ければ応援してもらっていたら自分が違ったかもなんて思ってしまいます。

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