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その時は気付かないけど、育てられ方にもコツがあるかもしれない

⁑自分ケア
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子供の育て方なんてことは書けないけれど、育てられ方を考えてみようと思ったことがあるのです。一般的に育て方とは言いますが、育てられ方とは聞きませんね。

何故そう思ったのか?と言うと母との確執から。
ですが変化があったという事を記事にしていきます。

現在私は実母と暮らしています。正直自分の中で一歩引いているので、あえて自分に置き換えてそこを考えてみることに。

幼いころの母との事を思い出せない。
何処かへ行って親子で写っている写真があるにはある。
けれど、母との思い出を覚えていないという事に気が付きました。

一度よく当たるからと先輩に誘われて占ってもらった時、実の母親との縁が薄いと出る。

へぇ。やっぱりそうなんだ。だからか!と思ったこと。どうしてなのかな・・・。大丈夫か?

 

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子供を育てると言う感覚、自分も徐々に親になって行く感覚

母と子

自分に子供が生まれた時から私の中で感覚として徐々に育った部分です。

親だからこうじゃなければならない。という思い込み?と言うのかな?もちろんあります。

親だから。

子供に善悪を教えることかな?
やっていい事悪い事の区別がつかないときは、教えますよね。

「これはこうだからダメなんだよ。」
その教えに子供からの思いもよらない返しで「はっ!」と気づくこともあります。そしたら一緒に考える。 

自分はいじめと思っていないいじめとか、気が付かないようなことも。
自分がされたらいやな気持になる事はしないで欲しいから。

昭和の世代の我が家は、両親は共働きで私は幼稚園の頃から鍵っ子でいつもひとりで居ました。

もう、思い出せないなぁ。どうしても幼い頃の両親とのことが思い出せない。
年をとったから?もしかして脳が記憶から消したかのかな。怖っ!

幼稚園の時の自分のことは割と覚えているんですけどね。(笑)

 

親子で一緒に考える必要がある事の大切さ

子に教える母

私はとても心配症です。子供の時はそんなでもなかったと思います。
何がそうなる原因となったのか?ちょっと考えてみると‥。

振り返ると、私がやりたいことを母に反対されたことは多かったです。

中学の頃から将来の夢はデザイン関係か美容師。

親に褒めてもらった記憶があまり無い小学校の頃から「絵はうまいよね。」と言う母でした。
だから嬉しくてデザインが好きになったのにダメと反対。

なぜ反対なのか理由は無く、ただ「絶対にダメ」
「そんなにやりたいのなら家を出て行きなさい。」とまで言われ、出て行けばなれたとも限りませんが、自立は無理なので出ていきませんでしたよ。 

「車の免許を取りたい。」と言った時も「そんなものいらない!」とぴしゃり。
「なぜ?今の時代みんな持ってるでしょ。身分証明にもなるし。」
返答は聞いてないなぁ。そういうことはしっかり覚えているんですよね(笑) 

免許は働いていたのでどうにかできると仕事帰りに職場近くの学校に内緒で通いました。

免許を取得する頃はバレていて、ペーパードライバーだった父と兼用で使えるよう父が我が家に初めての車を用意してくれたんです。

母は「ダメダメ必要ない!」と言っていましたけどね。母って、とりあえずダメって言うのかな?口癖?
その時、父は意外と優しいんだなと。(ずっと怖い人だと思いこんでいたので。) 

ダメダメと言われてることが日常になると、言えなくなる。

言えなくなると顔色を伺うようになり‥。

言っても大丈夫か?いや、言ってもダメって言われるに決まってる。

それなら最初から相談なんてしない方がいいんじゃないか?

 

今一度、心配し過ぎて子供の行きたい道を阻んだりしていないか?私大丈夫か?と自分に問う。

 

多分理由があって、理由が分かれば理解できるから納得したかも

親になって50を半分以上過ぎて、何故か今その時の事を思い出します。

デザインの専門学校へ進学したいと相談した時、母はなぜダメと言ったんだろう・・・?と。

心配だったのかな?お金が無かったから?

その後に家を建てているから進学に回すお金が無かったのかも。
それならそうと言ってくれたらここまで執着しなかったかもと思う。

そこなんだよ。何も説明なく「ダメ」と言う言葉で終わらせる。
それは、可能性があったかもしれない将来の芽を摘んでいるのかもしれない。

他にも方法が有るかもしれないと一緒に探してくれていたなら。
意外にも子どもの時間って短い。

義務教育という枠で保護はされていても、中学を卒業した途端、右も左も何も分からないの状態なのに急に将来に向かって歩き始めていく。

そこまでの間に安心できるように導いてもらえると自分で考える知識や力も持てるのかもしれない。

我が家の場合、父は子供には無関心で、ほぼ母まかせの選択で決まることが多かったので、どっちを選ぶかとなれば、子供のあいまいな将来より、物質的な家を選んだかもと自分勝手にそう思う事で理解しようとしている。

もし、子供自身が将来設計をしていたのなら、まずはそのことについて家族会議でとことん話し合ってできる限り納得できる結論を探すことをお勧めしたい。

そうすると子供も安心して、大人になってから悔いが残らないのでは?

私の中の「子供時代の私」にそんな気持ちが残っているから。

そう。こんな風に 子供の私がして欲しかったことも学びの一つ。親の事情も分かる年頃。
自分が子供だった時の事を思い出して子供に対する態度を考えることならできるかな。

 

ずっと親のせいにしてた

結局、切ない気持ちも無いと言えば嘘。正直なところ、あの時好きな道に進ませてくれていたらとずっと思ってた。
いつまでも縛られている自分が嫌と、いじけ虫だった私も今では考えが変化しました。

自分の中で変化させるという事ができるようになったのは、プラスだと。

思えば思うほど、自分で思うのは親を納得させる熱意を示さなかったと言う事。
大体、中学生高校生の時なんて、そこまで考えていなかったんですよね。

そして今、私はまた絵を描いてる(笑)デザインの一部ですね。これもタイミングだったのかな?と。
それが生活になってしまったら苦しいかもしれないけれど、趣味でなら好きと言える世界なのかも。
そんな気がしています。

私も大人になり、今では母と喧嘩もします。
母は絶対「ごめん」と言ってくれません。(笑)

「言う事ころころ変わるね!」と母に言った事があります。
「変わるよ!人間だもの」
全く!発言は、一度発信されると止まらないから責任もって欲しいもんだ。

普段はできるだけ私が一歩引くようにしているので、喧嘩する時は大きい!

ですが、あんなだった母もひるみます(笑)
もしかしたら私が育てられ方を知らず知らず学んだのかもしれない!
ねぇ、母。私、こんな感じに育っちゃったよ。

ここまでこうして書いてきましたが、
ブログを初めてから私にとって発信できる事を探していると、こんな風にふと思ったことの想いと言うのが強くて。

いわゆるノウハウ的なブログ記事は自分の中で書きたいことじゃないなと改めて思う。

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母ありき

母と子

母はお墓参りやご先祖の事を大切にする人です。そういう姿勢が素敵だと感じるられようになってきた自分の事が素直に嬉しい。

私が健康でいられるのも温かい家に住めるのもこういった母の習慣のおかげだと思う・・・ことにしている。

父には姉と妹が沢山いて小姑が多く、嫁と言う立場がたった一人の女性が母。

私の前では見せないけれど、母の事を叱り飛ばす気の強い叔母がいます。

母はその叔母におびえて鬱になったこともあるほど。あの気の強い母が鬱になるなんてよっぽどなんだろうな。

母もそんな私の見えない部分で心の中に闇を持っているのでしょうね。

 

我が家の場合、父は穏やかだったんですが、母の洗脳で怖い父親と植え付けられており(笑)

母は母でわがままで、思い通りにならないとホントすぐ怒るし、ずっと口きいてくれなくなるし(笑)いつも父の愚痴を言っていましたが、父も亡くなって14年ほど経ちました。

頑張ってきたんだなぁと、そんな母が愛おしくなります。

親ってさ。うん、親って?結局、試行錯誤だよね。

学ぶための壁は成長させるけれど、危ない壁はできれば避けたくなるよ。

辛くて辛くて仕方がない壁より、楽しくて楽しくて仕方がない壁にぶつかって欲しい。

自分の受け止め方で人を当てはめて同じように見るのは止めよう。

そう思って自分が成長してきた過去を振り返る。

私の育てられ方。上手くなって来たかな。

 

「老いては子に従え」と言いますが、老いても毅然としていて欲しいよ、母。

私が頼りない親になっても大丈夫なように子供達も成長して行ってくれるといいな。

ずっとシングルマザーで、必死になんとかやって来たけれど、子に育てられ、親に育てられ。

真ん中に挟まってる私の役目は、家族が心穏やかで居られるように‥。

今回は思いのエッセイになりました。

人生は楽しむために生まれてきたことを忘れるな!自分♪

そう思ってここに書き留めておきます。
 

 

つぶあん

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